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 理学部 物理学科 物性物理学教室
 Solid State Physics Laboratory

教授:
  西尾 豊
准教授:
  田嶋 尚也
■ 概要
物性物理学教室では,さまざまな物質中における電子の動的な性質についての理解を得ることを目的とした実験的研究をおこなっている。研究対象は,有機半導体,有機超伝導体,新たに発見した有機ゼロギャップ伝導体などである。液体ヘリウムを用いた低温装置(4He冷凍器,3He冷凍器,3He-4He希釈冷凍器)により,室温(絶対温度300K)から極低温(0.05K)まで, 超伝導磁石(7T横磁場型,9Tおよび14T縦磁場型)を用いた強磁場中, クランプセル型の圧力印加装置によって最大20kbarの圧力下で, 電気抵抗, ホール効果, 磁気抵抗などの電子輸送現象および比熱,潜熱などの熱測定の装置を保有し研究を行なっている。
1.1 分子性ディラック電子系における量子ホール効果
ディラック電子系の特徴の1つは磁場下に見られる。通常の導体とは異なるランダウ準位(EnLL∝(|n||B|)1/2)を持ち、ディラック点にゼロモードと呼ばれているN=0のランダウ準位が常に現れることが知られている。しかし、α-(BEDT-TTF)2I3ではゼロモードが関与した特徴的な現象は観測されているが、特別なランダウ準位構造を直接観測できていないのが現状である。本研究では、磁場下で形成されるこの系に特徴的なランダウ準位の観測を1つの目的とし、プラスチック基板に厚み約100nmの試料を固定して接触帯電法による試料へのキャリア注入効果を試みた。結果、約7×1011 cm-2の正孔を注入することに成功した。最も大きな成果は低温でこの系のランダウ準位が起因した量子抵抗振動と量子ホール効果を観測することに成功したことである。
1.2 分子性ディラック電子系の低温・高磁場下におけるスピン分裂
ディラック電子系の特徴の1つは、磁場中でディラック点の位置に常にn=0のランダウ準位が形成されることである。本研究では低温・高磁場でn=0のランダウ準位のスピン分裂を調べた。その結果、この系のスピン分裂はゼーマンエネルギーよりも磁場中のクーロンエネルギーが大きく反映していることを明らかにした。さらに磁場中のクーロンエネルギーが磁場増大と共にランダウ準位のエネルギーの幅を広げていることを示唆する結果が得られた。
1.3 分子性ディラック電子系α-(BEDT-TTF)2I3における化学ポテンシャル
α-(BEDT-TTF)2I3はグラフェンと異なり、電子-正孔対称性が良くないことが特徴の1つである。従って、化学ポテンシャルμの温度変化がこの系の電気伝導性に大変重要な役割を果たす。本研究では、電子ドープ型試料のホール効果測定からμの温度依存性を調べた。その結果、μの温度依存性は磁場強度で変化することが推測された。この磁場強度による変化は、電子-正孔対称性が関与するランダウ準位構造から定性的に理解できた。
1.4  有機導体α-(BETS)2I3の伝導特性とゼロギャップ性
α-(BETS)2I3はゼロギャップ伝導体の数少ない候補の一つである。本研究では、この物質でゼロギャップ伝導体に特有な現象が見られるかどうかを調べることを目的に、低温、高磁場における伝導度テンソルをα-(BEDT-TTF)2I3のテンソルと比較した。その結果、α-(BETS)2I3の伝導度テンソルの磁場依存性はα-(BEDT-TTF)2I3と定性的に同じであることが明らかになった。さらに、伝導度テンソルの磁場依存性がゼロギャップ伝導体を想定した理論の結果と良く合うことを示した。以上からα-(BETS)2I3は高圧力下でゼロギャップ伝導体であると結論した。さらに、低磁場極限では、電子系の特異なエネルギー構造に関する情報が含まれている伝導特性を、単純なモデルで理解できることを示すことにも成功した。
1.5 ゼロギャップ伝導体の電子構造
ゼロギャップ伝導体に最も特徴的な電子構造(伝導帯と価電子帯が一点で接しているコンタクトポイントの構造)を明らかにするため、圧力下のゼーベック効果の測定を開始した。低圧下で見られる電荷秩序転移温度近傍では電子の状態密度の消失による急激な減少が見られたが、ゼロギャップが実現している圧力下では緩慢な減少の後ゼーベック係数の符号反転が見られた。化学ポテンシャルμの温度変化を利用して、電子構造を見積もったところ、線形分散で期待される構造とは少し異なっていることが明らかとなった。
1.質量ゼロの相対論的電子を有する有機導体
我々の研究室では、高圧下にあるα-(BEDT-TTF)2I3は質量ゼロのディラック電子系(ゼロギャップ伝導体)であることが明らかにしてきた。質量ゼロのディラック電子系はグラフェンで大変話題になっているが、これはグラファイトを一層だけにした特殊物質である。それに対し,α-(BEDT-TTF)2I3は最初のバルクなディラック電子系である。また小林ら(名大)のバンド計算によると、α-(BEDT-TTF)2I3のディラック電子系はグラフェンとは異なり、ディラックコーンが大きく傾いている。従って、新しいタイプのディラック電子系が期待でき、最近急速にその物理が進展してきている。しかし、現在のところ典型的なゼロギャップ伝導体として知られているのはグラフェンとα-(BEDT-TTF)2I3のみであり、その探索はあまり進展がない。今のところ、α-(BEDT-STF)2I3, α-(BETS)2I3, θ-(BEDT-TTF)2I3(いずれの試料も高圧下)がその候補である。 今年度は有機導体で実現するディラック電子系の性質を明らかにすること、新たなディラック電子系の探索を行った。以下がその成果である。
2. BETS2FeX4系の超伝導と磁性の共存と競合
本研究室では磁場誘起超伝導体λ-BETS2FeCl4のゼロ磁場で起こる常磁性金属(PM)-反強磁性絶縁体(AFI)転移の熱力学的研究を行い、分子磁性体特有の低次元性とπ-d相互作用を鍵とした新しい相転移機構の可能性を見出した。π電子とdスピン間に強い相互作用をもつλ型は、常磁性金属-反強磁性絶縁体転移(PM-AFI転移)を経てできるAF絶縁体状態と超伝導状態が競合した系である。一方のκ型は、局在スピンの反強磁性秩序と超伝導状態が共存した系である。このような基底状態における物性の違いにπ-d相互作用が果たす役割に注目をして以下の研究を行なった。
2.1 常磁性金属‐反強磁性絶縁体転移と基底状態
λ型BETS2FeCl4のAFI基底状態において比熱測定を行ったところ、Feスピンに由来する大きな自由度が観測され、λ-BETS2FeCl4のAFI基底状態、PM-AFI転移におけるπ電子とFeスピンのそれぞれの役割を明らかにするため、低温比熱、磁化率測定を行った。その結果、低温比熱測定からAFI相形成後も大きな自由度が凍結せずに残っていることを発見した。これは従来考えられてきたスピンとFeスピンが結合して反強磁性転移を起こす描像からは説明できないものであった。このため電子系が金属-絶縁体転移と同時に反強磁性秩序を形成し、これが作る内部磁場が隣接するFe 3dスピンを6準位にZeeman分裂させるλ-BETS2FeCl4のAFI基底状態において従来とは異なる新しい描像を提案した。
2.2 π-d相互作用による転移および基底状態の制御
PM-AFI転移の機構を明らかにするため、Feを非磁性Gaに置換した系(λ-BETS2FexGa1-xCl4)、FeCl4の一部をイオン半径の大きなBrに置換することでπ-d相互作用の増強が期待される系(λ-BETS2FeBryCl4-y)を用いてPM-AFI転移とAFI相のFe濃度依存性を調べた。λ-BETS2Fex Ga1-xCl4のAFI状態における内部磁場や転移温度はどちらもFeスピンおよびBr濃度の増大(π-d相互作用の増強)に対して強められていることを明らかにした。
2.3 反強磁性秩序の低次元性
転移の性格を明らかにするため、π電子系がAFI相を形成するときの自発磁化に関する情報をSchottky比熱の内部磁場によるエネルギー分裂幅から定量的に見積もった。その臨界現象を詳細に調べた結果、2次元の磁気秩序が形成されたときにみられる急激な内部磁場の成長過程を観測した。すなわちπ電子系は伝導の低次元性をそのまま低温の磁気秩序相に反映して常磁性金属- 2次元反強磁性絶縁体転移を引き起こしていることを示した。
2.4 強磁場中の異常比熱
d spin系及びπ電子系の状態を探るために、磁場下での比熱測定を行った。その結果、弱磁場では反強磁性に特徴的な磁場依存性が見られたが、磁場の増大に伴い2種の磁場を感じたスピン系へ移行し、強磁場誘起金属相では温度に比例した大きな比熱異常が観測された。
■ Keywords
電子物性, 有機伝導体, ゼロギャップ伝導体, 超伝導, 電子輸送現象, 熱測定、相転移, 角度依存磁気振動効果(梶田振動), 低温物理
■ 当該年度研究業績数一覧表
研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表
和文英文 和文英文 国内国際
















西尾 豊   教授
理学博士
    2          
 14
 
 1
 
 1
田嶋 尚也   准教授
博士(理学)
   1 1          3
 11
 
 2
 
 
 0 1  0 0  0  3
(0)
 0
(0)
 0
(0)
研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表














西尾 豊   教授
理学博士
         
 
 
田嶋 尚也   准教授
博士(理学)
  1       3
 
 
 0 1  0 0  0  3
(0)
 0
(0)
 0
(0)
(  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会 (  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会
■ 刊行論文
原著
1. H. Akiba, K. Nobori, K. Shimada, Y. Nishio, K. Kajita, B. Zhou, A. Kobayashi, H. Kobayashi:  Magnetic and Thermal Properties of λ-(BETS)2FeCl4 System –Fe 3d Spin in Antiferromagnetic Insulating Phase–.  Journal of the Physical Society of Japan  80 (6) :063601 , 2011
2. Kawasugi Y, Yamamoto H. M, Tajima N, Fukunaga T, Tsukagoshi K, Kato R.:  Electric-field-induced Mott transition in an organic molecular crystal.  PHYSICAL REVIEW B  84 :125129 , 2011
3. N.Tajima, R.Kato, S.Sugawara, Y.Nishio, K.Kajita:  Interband effects of magnetic field on Hall conductivity in the multilayered massless Dirac fermion system α-(BEDT-TTF)2I3.  Physical Review B  85 :033401/1-4 , 2012
■ 学会発表
国内学会
1. 遠藤里実, 佐藤光幸, 菅原滋晴, 田嶋陽子, 田嶋尚也, 村田惠三, 加藤礼三, 西尾豊, 梶田晃示: 分子性導体α-(BETS)2I3の伝導特性とゼロギャップ性II.  日本物理学会,  西宮, 日本,  2012/03
2. 田嶋尚也, 山口達也, 須田理行, 川椙義高, 山本浩史, 加藤礼三, 西尾豊, 梶田晃示: 薄板結晶の分子性ディラック電子系:FET効果と非局所電気伝導性.  日本物理学会,  西宮, 日本,  2012/03
3. 北村竜一, 加藤礼三, 田村雅史, 内藤俊雄, 田嶋尚也, 西尾豊, 梶田晃示: ゼロギャップ伝導体α-(BEDT-TTF)2I3の熱起電力2.  日本物理学会,  西宮, 日本,  2012/03
4. 嶋田一雄, 秋葉宙, 黒土裕加, 田嶋尚也, 西尾豊, 梶田晃示, 加藤礼三, ファティマ スルタナ, 小林昭子, 小林速男: λ-(BETS)2FeBrxCl4-x(0 ≦ x < 1)における相転移と基底状態II.  日本物理学会,  西宮, 日本,  2012/03
5. ◎開康一,高橋利宏,秋葉宙,西尾豊,ファティマ・スルタナ,小林昭子,小林速男: λ-(BETS)2Fe1-xGaxCl4系の77Se NMR研究 III.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
6. ◎田中友樹,佐々木和彦,松崎祐介,木村仁祥,西尾豊,田嶋尚也,梶田晃示,加藤礼三: Pd(dmit)2塩の圧力下における熱的性質.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
7. ◎登健人,秋葉宙,嶋田一雄,田嶋尚也,西尾豊,梶田晃示,周彪,小林昭子,小林速男: λ-(BETS)2FexGa1-xCl4における相転移の磁場依存性.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
8. ◎嶋田一雄,秋葉宙,登健人,田嶋尚也,西尾豊,梶田晃示,加藤礼三,周彪,小林昭子,小林速男: λ-(BETS)2FeBrxCl4-x(0<x<1)における相転移と基底状態:.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
9. 田嶋尚也: 分子性導体におけるディラック電子.  日本物理学会,  富山,  2011/09
10. ◎遠藤里実,佐藤光幸,菅原滋晴,田嶋尚也,村田惠三,加藤礼三,西尾豊,梶田晃示: 分子性導体α-(BETS)2I3の伝導特性とゼロギャップ性.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
11. ◎三浦克哉,遠藤里美,佐藤光幸,菅原滋晴,田嶋尚也,田村雅史,西尾豊: ゼロギャップ伝導体α-(BEDT-TTF)2I3に対するキャリヤドーピングの試み.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
12. ◎田嶋尚也,佐藤光幸,菅原滋晴,加藤礼三,西尾豊,梶田晃示: 多層Dirac電子系のエッジ効果.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
13. ◎北村竜一,西尾豊,田嶋尚也,梶田晃示,加藤礼三,田村雅史,内藤俊雄: ゼロギャップ伝導体α-(BEDT-TTF)2I3の熱起電力1.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
14. ◎秋葉宙,登健人,嶋田一雄,田嶋尚也,西尾豊,梶田晃示,加藤礼三,周彪,小林昭子,小林速男: λ(BETS)系の常磁性金属-反強磁性絶縁体転移II.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
15. ◎佐藤光幸,市川宏介,田嶋尚也,西尾豊,梶田晃示,森初果: 分子性有機超伝導体の非線形伝導現象.  日本物理学会,  富山, 日本,  2011/09
国際学会
1. Kusamoto T, Yamamoto H. M, Tajima N, Oshima Y, Yamashita T, Kato R.: Development of Bi-layer Ni(dmit)2 Anion Radical Salts.  3rd Asian Conference on Coordination Chemistry,  New Delhi, India,  2011/10
2. ◎Hiroshi Akiba, Kento Nobori, Kazuo Shimada, Yutaka Nishio, Koji Kajita, Reizo Kato, Biao Zhou, Akiko Kobayashi and Hayao Kobayashi: “Magnetic Field Effect on Antifferomagnetic Insulating State of lambda-(BETS)2FeCl4”.  Low Temperature Physics,  Beijing, China,  2011/08
3. Takubo N, Tajima N, Kato R.: Photo-Induced Insulator to Metal Transition Caused by Nanosecond Pulse Laser Irradiation in Charge-Ordered BEDT-TTF Salts.  Photoinduced Phase Transitions and Cooperative Phenomena,  Wroclaw, Poland,  2011/06
その他
1. ◎田中友樹, 佐々木和彦, 松崎祐介, 西尾豊, 田嶋尚也, 梶田晃示, 加藤礼三: Pd(dmit)2塩の圧力下における熱的性質.  『金属 dmit 錯体による磁性・伝導性研究の最前線』,  和光市, 日本,  2011/05
  :Corresponding Author
  :本学研究者