理学部 物理学科 物性理論教室
Condensed Matter Theory Laboratory
|
■ 概要
はじめに
|
当研究室では,主として固体中の電子の挙動によって決められる物性を,理論的に研究している。特に,通常の3 次元的物質とは異なる性質を示す低次元物質(電子の運動できる空間が1 次元や2 次元に制限されているもの,構造上2 次元系として近似できる系等)の研究に力を注いでいる。物質中の不純物や不規則構造に電子が散乱されること等,物質の不規則性が物性にどの様に反映されるか,低次元物質に特有の局所的励起が物質の伝導特性にどの様な影響を及ぼすか等に関して,様々な成果を得ている。最近では,電子と結晶格子の振動モードとの間における相互作用が原因で,自発的な格子歪みが生成されるパイエルス転移に関する新しいメカニズムを,2 次元正方格子系について発見し,その性質を理論的に解析すると共に,三角格子や六角格子の系に拡張する研究が進行中である。
|
1.2次元系におけるマルチモード・パイエルス状態
|
2次元電子-格子系で,格子構造が正方格子の場合,電子バンドが半充填ならば,電子状態を表す波数空間におけるフェルミ面(2次元なので正確には「線」)が正方形となり,ネスティングベクトルと呼ばれる波数ベクトル分だけ波数をずらすことで,フェルミ面上の異なる部分が完全に重なる。このような状況では,1次元系と同様に低温でパイエルス転移が起こり,電子格子相互作用に起因する自発的格子歪み(パイエルス歪み)が生成されることが期待されている。当研究室における研究によって,この場合の基底状態におけるパイエルス歪みは,ネスティングベクトルの成分だけでなく,それに平行な波数ベクトル成分をも含む,マルチモード型の歪みになることが明らかにされた。しかし,実験的な証拠は観測されていない。その理由の1つとして,現実の系が,等方的な正方格子モデルで記述されないことが考えられる。そこで,平成20年度には,有機導体などで見られる異方的三角格子系での可能性を調べるために,正方格子の対角方向にも電子の飛び移りが可能なモデルで,基底状態の数値解析を行い,斜め方向の結合があまり強くなければ,マルチモードパイエルス状態が基底状態として生き残ることを確認した。また,斜め方向の結合により,正方格子で見られた基底状態の縮退が解けることも示された。平成21年度には,同じ系を高温領域におけるフォノンのソフト化の観点から調べ,斜め方向の結合が入ることによって,降温時に最初にソフト化するモードは低温相におけるマルチモード歪みと必ずしも一致しないことを見出した。こうした異なる格子への拡張以外にも、正方格子模型の場合について波動関数のトポロジカルな性質についても調べた。その結果、格子歪みと波動関数の量子化されたベリー位相が対応することが明らかとなった。これは、マルチモードパイエルス状態がトポロジカルに安定であり、異なる格子歪みのパターン間には必ず量子相転移が存在することを意味している。こうした研究の進展を踏まえ、平成22年度は磁場に対する安定性や、転移点近傍の比熱の振る舞いを具体的に調べ、マルチモードパイエルス状態への転移に際しては、比熱に大きな異常性がみられることを明らかにした。
|
2.スピンパイエルス状態
|
電子間相互作用が強い極限では,電子格子系がハイゼンベルグスピンモデルに射影されることが知られている。電子格子相互作用は,スピン-格子相互作用に姿を変えるが,その相互作用がある程度強ければ,スピン-パイエルス状態が実現すると期待されている。この場合にも,2次元正方格子であれば,マルチモード型が最も安定であることを,これまでの研究で明らかにした。電子格子パイエルス系と同様に,正方格子に異方性を導入した場合のマルチモードスピンパイエルス系に関する解析が行われ,弱い異方性によって,マルチモードスピンパイエルス状態が僅かに対称性の悪い状態に移ることがわかった。こうした異方性のある場合の格子歪みを自己無撞着に決める方法の研究や、基底状態波動関数の幾何学的な性質についての研究が進められている。
|
3.1次元電子格子系における分数電荷ソリトン
|
ある種の有機固体では,分子のスタッキング(積み重なり)により,伝導電子の運動方向が1次元として扱えるものがあり,実験的にも調べられている。特に電子バンドが4分の1だけ充填されているような系では,電子の半分の電荷を持つ分数電荷ソリトンが物性の決定に関与していると考えられている。従来も4分の1充填バンド1次元電子格子系におけるソリトンの研究はされていたが,電子間相互作用の影響までは考慮されていなかった。電子間相互作用を短距離のオンサイト相互作用Uと最近接格子点間の相互作用Vとして取り入れるモデルを適用して,4分の1充填の場合の相図をハートリー・フォック近似の範囲内で調べ,さらに4分の1充填からわずかにずれた場合のソリトンの構造を数値的に求めた。U,V,電子格子相互作用の強さをいろいろと変えることによって,多彩なソリトンの存在が確かめられた。ソリトン幅や,ソリトン生成エネルギーなどをU,Vの関数として決めたり,ソリトンに外力を加えて動かした場合のダイナミクスを具体的に調べ、飽和速度やソリトン幅とダイナミクスの関係なとについて解析を行った。分数電荷ソリトンの制御ができれば,電子デバイスなどへの応用に有用である。
|
4.グラフェンランダウ準位におけるランダムネスの効果
|
グラフェン(単層グラファイト)はその特異なバンド構造により、磁場の強さによらずフェルミ準位にランダウ準位を形成することが知られている(n=0ランダウ準位)。このグラフェン特有のn=0ランダウ準位に対するランダムネスの効果を格子模型を用いて具体的に調べた。その結果、グラフェンのリップルによって生じる最近接ホッピング積分に対する乱れのような、カイラル対称なランダムネスの場合、ランダムネスの空間相関が格子間隔よりも長くなると、n=0ランダウ準位は”デルタ関数型”の状態密度を示し、これに伴う量子ホール転移に異常性が表れることを示した。この異常性は、n=0ランダウ準位ににみ起こり、他のランダウ準位には起こらない。また、このような異常性は、ランダムポテンシャルのように、カイラル対称性を破るランダムネスに対しては起こらないことも確認した。実験から、グラフェンのリップルは格子間隔に比べて大きなスケールを持つことがわかっており、我々の結果は、リップルによるカイラル対称な乱れではn=0ランダウ準位に幅がつくことは無く、実験的に観測されているn=0準位の幅は、カイラル対称性を破る他の乱れによって生じていることを示唆している。平成22年度は、こうしたn=0ランダウ準位における異常性がどの程度一般的に見られる現象なのかを次近接ホッピングなどの効果を取り入れて検証した。チャーン数の計算からホール伝導度を評価した結果、こうした異常性は次近接ホッピングがあっても存在すること、ディラックコーンが少しぐらい傾いても簡単には消失しないことなどが定量的に明らかとなった。
|
|
■ Keywords
マルチモード・パイエルス状態, 2次元スピン・パイエルス状態, 異方性, 正方格子, 相関のある不純物ポテンシャル, 電子拡散, 分数電荷ソリトン,グラフェン
|
|
■ 当該年度の研究費受入状況
1.
|
文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題:特異なバンド構造を持つ低次元電子系の輸送特性における乱れの効果
(研究代表者:河原林 透)
研究補助金:1700000円 (代表)
|
|
■ 当該年度研究業績数一覧表
研究者名 |
刊行論文 |
著書 |
その他 |
学会発表 |
その他 発表 |
和文 | 英文 |
和文 | 英文 |
国内 | 国際 |
筆 頭 | 共 著 | 筆 頭 | 共 著 |
筆 頭 | 共 著 | 筆 頭 | 共 著 |
筆 頭 | 共 著 |
演 者 | 共 演 | 演 者 | 共 演 |
演 者 | 共 演 |
小野 嘉之
教授
理学博士
|
| | | |
| 2 | | |
| |
|
2
|
|
|
|
|
河原林 透
准教授
理学博士
|
| | 2 | |
| | | |
| |
3
|
1
|
2
|
|
|
|
計 |
0 | / | 2 | / |
0 | / | 0 | / |
0 | / |
3 (0) | / |
2 (0) | / |
0 (0) | / |
|
研究者名 |
刊行論文 |
著書 |
その他 |
学会発表 |
その他 発表 |
和 文 | 英 文 |
和 文 | 英 文 |
国 内 | 国 際 |
筆 頭 | 筆 頭
| 筆 頭 | 筆 頭
| 筆 頭 |
演 者 | 演 者
| 演 者 |
小野 嘉之
教授
理学博士
|
| |
| |
|
|
|
|
河原林 透
准教授
理学博士
|
| 2 |
| |
|
3
|
2
|
|
計 |
0 | 2 |
0 | 0 |
0 |
3 (0) |
2 (0) |
0 (0) |
|
( ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会
|
( ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会
|
|
■ 刊行論文
原著
|
1.
|
Tohru Kawarabayashi, Yasuhiro Hatsugai, Hideo Aoki:
Landau level broadening in graphene with long-range disorder --- Robustness of the n=0 level.
Physica E
42
:759
, 2010
|
2.
|
T. Kawarabayashi, T. Morimoto, Y. Hatsugai, and H. Aoki:
Anomalous criticality at the n=0 quantum Hall transition in graphene: The role of disorder preserving chiral symmetry.
Physical Review B
82
:195426
, 2010
|
|
■ 著書
1.
|
小野嘉之(訳):
グラフェンで分数量子ホール効果観測.
パリティ
37-40.
丸善出版,
東京,
2010
|
2.
|
小野嘉之(訳):
生命(いのち)の量子論.
パリティ
4-11.
丸善出版,
東京,
2010
|
|
■ 学会発表
国内学会
|
1.
|
◎廣川健一,小野嘉之:
擬1次元1/4充填電子系における分数電荷ソリトンの運動II.
日本物理学会 第66回年次大会,
新潟市,
2011/03
|
2.
|
◎小林浩, 大槻東巳, K.Slevin, 河原林透:
Conductance distribution at the quantum Hall transitions for higher Landau levels.
日本物理学会2010秋季大会,
大阪、日本,
2010/09
|
3.
|
◎廣川健一,小野嘉之:
擬1次元1/4充填電子系における分数電荷ソリトンの運動.
日本物理学会 2010年秋季大会,
大阪府堺市,
2010/09
|
4.
|
◎河原林 透, 初貝安弘, 青木 秀夫:
不規則2層グラフェンのランダウ準位におけるカイラル対称性の効果.
日本物理学会2010秋季大会,
大阪、日本,
2010/09
|
国際学会
|
1.
|
◎T. Kawarabayashi:
Criticality of the quantum Hall transition at the n=0 Landau Level of disordered Graphene.
APCTP-POSTECH AMS Workshop “Metal-Insulator Transitions in Disordered and Magnetic Systems”,
Pohang, Korea,
2010/09
|
2.
|
◎T. Kawarabayashi, Y. Hatsugai, and H. Aoki:
Anomalous Criticality at the n=0 Landau Level of Graphene: a Manifestation of the Chiral Symmetry.
International Conference of the Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM) 2010,
Kyoto, Japan,
2010/07
|
3.
|
Y. Hatsugai, ◎T. Kawarabayashi, T. Morimoto, and H.Aoki:
Chiral Symmetry in Graphene.
Graphene week 2010,
Collage Park, Maryland, USA,
2010/04
|
|