2008年度
 薬学部 生物物理学教室
 Department of Biophysics

教授:
  長濱 辰文
講師:
  成末 憲治
■ 概要
研究概要
当研究室ではアメフラシという海産の軟体動物を用い、摂食行動を発現させる中枢メカニズムを調べている。この動物の脳はニューロン数が非常に少なく、細胞体が大きいことから神経生理学的研究にはたいへん適している。アメフラシは海藻を食べるが、これまで好きな海藻や嫌いな海藻を与えた時におこる摂食、吐き出しなどの食物嗜好性行動を発現させる中枢メカニズムの研究を進めてきた。最近、これまでの成果をもとに、アメフラシの老化に伴う摂食障害の発現メカニズムの研究を始めた。また、この動物の単純な神経系を利用し、神経科学分野で利用可能な研究用ツールの開発も行っている。
老化に伴う摂食障害発現のメカニズムの解明、およびその薬物治療の試み
関東以南の太平洋沿岸に生息するアメフラシ(Aplysia kurodai)は主に6〜7月に産卵し、その後、親は死んでしまうことから寿命は約1年と考えられている。そこで老化の研究にはたいへん適した動物である。その摂食行動を見ると、三浦半島や房総半島に生息するものでは6月下旬〜7月頃に食物摂取量が大きく減少することがこれまで観察されている。そこで私達の研究室では、このような摂食障害を引き起こすメカニズムを中枢系や末梢系のレベルから探っている。
(中枢系)
a) アルツハイマー症の原因の一つと考えられているアミロイドβ(Aβ)が、アメフラシの老化に伴い中枢に沈着する可能性をAβ抗体を用いて調べた。その結果、アメフラシ成体の中枢(脳神経節、口球神経節、足神経節、側神経節)にもAβ様物質の存在が認められた。若体、成体、老体の時期でAβ様物質の沈着量を比較すると、若体ではほとんど見られず、成体、老体と進むに連れ沈着量の増大が認められた。また、この傾向は、摂食行動に関与する口球神経節で顕著であり、摂食障害の要因である可能性が示唆された。現在、アメフラシAβ様物質とヒトAβの類似性をウェスタンブロット法などを用いて調べている。また、本薬学部にはAβを分解する薬物の合成を手掛けている研究室があり、共同研究によりアルツハイマー症の新しい薬物治療法の開発をめざしている。これまで、合成薬物を作用させるとアメフラシAβ様物質の沈着が減少することを見出した。
b) アメフラシの産卵ホルモン (Egg laying hormone, ELH) は神経系に働いて摂食活動を停止させることが報告されており、老化による摂食障害の一因である可能性がある。そこでアメフラシの食道神経を電気頻回刺激して、中枢神経回路に擬似摂食応答を誘発させたときのELHの効果を調べたところ、閉口運動ニューロンのスパイク数がELH添加後に増加した。また ELHにより閉口運動ニューロンの発火閾値が下がる傾向が見られた。今後は引き続きこのメカニズムを調べる予定である。

(末梢系)
a) 摂食時の開口運動に寄与する運動ニューロンで、発火に伴う開口筋張力発生への老化の影響を調べたところ、同じ発火頻度でも明らかな筋張力の低下が認められた。このメカニズムとして開口筋自体の運動能衰退に加え、運動ニューロンから筋へのシナプス伝達障害の可能性を調べている。これまで開口運動ニューロンの伝達物質がアセチルコリンであること、老化に伴いアセチルコリン受容体へのアンタゴニスト作用が減弱することなどを見出した。
b) 食物嗜好性行動の発現で、海藻の味を識別していることがわかっている。そこで、老化に伴い味の感覚に異常が生じていないか、海藻味の嗜好性に変化が生じていないかなどを調べている。
神経科学研究用ツールの開発
最近、クラミドモナスから単離されたチャンネルロドプシン2(ChR2)は、青色光で活性化されるカチオンチャンネルタンパク質である。このChR2を中枢の特定のニューロンに発現させると、そのニューロンを青色光で刺激することにより興奮させることが可能になる。そこでChR2遺伝子を発現ベクター(pNEX)に組込み、アメフラシニューロンへの遺伝子導入を試みた。最近、青色光照射によりニューロンを思いどおりに発火させることに成功し、現在、ChR2の光照射に伴うイオン透過メカニズムについても調べている。今後、アメフラシ特定ニューロンの興奮性を光でコントロールし、動物行動の光制御をめざす。この方法は、私達の脳の特定部位の機能を光照射で制御することを可能にするなど、将来、臨床への様々な応用が期待できる。
■ Keywords
アメフラシ, 食物嗜好性, 老化, 摂食障害, アルツハイマー症, アミロイドβ, 薬物治療, 産卵ホルモン, チャンネルロドプシン2, 遺伝子導入, 光制御
■ 当該年度の研究費受入状況
1.  オープンリサーチセンタープロジェクト
 研究課題:脳・神経系の機能制御と環境変化や老化に伴う摂食行動異常の分子機構  (研究分担者:長濱辰文、成末憲治)
 研究補助金:4000000円  (分担)
2.  若手研究(B)  (研究課題番号:20770058)
 研究課題:産卵期における摂食神経回路網の可塑的変化  (研究代表者:成末憲治)
 研究補助金:900000円  (代表)
その他
1.  東邦大学薬学部奨励研究助成金
 研究課題:産卵期における摂食障害のメカニズム  (研究代表者:成末憲治)
 研究補助金:500000円  (代表)
■ 教授・准教授・講師の公的役職
1.  長濱辰文 :薬学部入試委員会委員長、薬学部セクシャルハラスメント対策委員会委員長
■ 教授・准教授・講師の学会・研究会の役員
1.  長濱辰文 :日本比較生理生化学会編集幹事・評議員
■ 当該年度研究業績数一覧表
研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表
和文英文 和文英文 国内国際
















長濱 辰文   教授
薬学博士
    1          
 1
 1
(1)
 1
(1)
 2
(2)
 
成末 憲治   講師
博士(理学)
   1           1
 
 
 
 
 2
(2)
 0 1  0 0  0  1
(0)
 1
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 2
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研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表














長濱 辰文   教授
薬学博士
         
 1
(1)
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(2)
成末 憲治   講師
博士(理学)
  1       1
 
 
 0 1  0 0  0  1
(0)
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(2)
(  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会 (  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会
■ 刊行論文
原著
1. Watanabe T, Arisawa M, Narusuye K, Alam M S, Yamamoto K, Mitomi M, Ozoe Y, Nishida A:  Alantrypinone and its derivatives: synthesis and antagonist activity toward insect GABA receptors.  Bioorganic & medicinal chemistry  17 (1) :94-110 , 2009
2. Narusuye K, Nagahama T:  Effects of egg laying hormone on Aplysia feeding neural circuits.  Comparative biochemistry and physiology. B, Comparative biochemistry  151 (4) :450-450 , 2008
■ 学会発表
国内学会
1. ◎鹿島惇紘, 成末憲治, 長濱辰文: 老化に伴うアメフラシ開口筋運動能の減衰とそのメカニズムの解明.  日本薬学会第129年会,  京都,  2009/03
2. ◎成末憲治, 長濱辰文: アメフラシ摂食回路網に対する産卵ホルモンの効果.  第30回日本比較生理生化学会大会,  札幌,  2008/07
国際学会
1. ◎Nagahama T, Suzuki T, Yoshikawa S, Iseki M.: Functional transplant of photoactivated adenylyl cyclase (PAC) into sensory neurons in Aplysia pleural ganglia (Invited Lecture).  The 8th Asian Pacific Marine Biotechnology Conference (APMBC),  Busan, Korea,  2008/11
2. Nagahama T, Suzuki T, Yoshikawa S, ◎Iseki M.: Functional transplant of photoactivated adenylyl cyclase (PAC) into Aplysia sensory neurons (Invited Lecture).  The 34th Meeting of the American Society for Photobiology,  Burlingame, CA, USA,  2008/06
  :Corresponding Author
  :本学研究者