<<< 前 2019年度 | 2020年度 | 2021年度 次 >>>
 理学部 物理学科 物性理論教室
 Condensed Matter Theory Laboratory

教授:
  河原林 透
講師:
  大江 純一郎
■ 概要
はじめに
当研究室では,主として固体中の電子の挙動によって決められる物性を,理論的に研究している。特に,通常の3 次元的物質とは異なる性質を示す低次元物質(電子の運動できる空間が1 次元や2 次元に制限されているもの,構造上2 次元系として近似できる系等)の研究に力を注いでいる。物質中の不純物や不規則構造に電子が散乱されること等,物質の不規則性が物性にどの様に反映されるか,低次元物質に特有の局所的励起が物質の伝導特性にどの様な影響を及ぼすか等に関して,様々な成果を得ている。今年度からは、大江講師が加わり、スピントロニクスの理論的研究で多くの成果を上げている。最近では,グラフェンや有機導体などの相対論的ディラック電子に対する研究も行っている。
1.2次元系におけるマルチモード・パイエルス状態
2次元電子-格子系で,格子構造が正方格子の場合,電子バンドが半充填ならば,電子状態を表す波数空間におけるフェルミ面(2次元なので正確には「線」)が正方形となり,ネスティングベクトルと呼ばれる波数ベクトル分だけ波数をずらすことで,フェルミ面上の異なる部分が完全に重なる。このような状況では,1次元系と同様に低温でパイエルス転移が起こり,電子格子相互作用に起因する自発的格子歪み(パイエルス歪み)が生成されることが期待されている。当研究室における研究によって,この場合の基底状態におけるパイエルス歪みは,ネスティングベクトルの成分だけでなく,それに平行な波数ベクトル成分をも含む,マルチモード型の歪みになることが明らかにされた。しかし,実験的な証拠は観測されていない。その理由の1つとして,現実の系が,等方的な正方格子モデルで記述されないことが考えられる。そこで,平成20年度には,有機導体などで見られる異方的三角格子系での可能性を調べるために,正方格子の対角方向にも電子の飛び移りが可能なモデルで,基底状態の数値解析を行い,斜め方向の結合があまり強くなければ,マルチモードパイエルス状態が基底状態として生き残ることを確認した。また,斜め方向の結合により,正方格子で見られた基底状態の縮退が解けることも示された。平成21年度には,同じ系を高温領域におけるフォノンのソフト化の観点から調べ,斜め方向の結合が入ることによって,降温時に最初にソフト化するモードは低温相におけるマルチモード歪みと必ずしも一致しないことを見出した。こうした異なる格子への拡張以外にも、正方格子模型の場合について波動関数のトポロジカルな性質についても調べた。その結果、格子歪みと波動関数の量子化されたベリー位相が対応することが明らかとなった。これは、マルチモードパイエルス状態がトポロジカルに安定であり、異なる格子歪みのパターン間には必ず量子相転移が存在することを意味している。こうした研究の進展を踏まえ、昨年度は磁場に対する安定性や、転移点近傍の比熱の振る舞いを具体的に調べ、マルチモードパイエルス状態への転移に際しては、比熱に大きな異常性がみられることを明らかにした。現在、こうした比熱に対する電子間相互作用の効果についても研究を進めている。
2.相対論的ディラック電子系のランダウ準位におけるランダムネスの効果
グラフェン(単層グラファイト)はその特異なバンド構造により、磁場の強さによらずフェルミ準位にランダウ準位を形成することが知られている(n=0ランダウ準位)。このグラフェン特有のn=0ランダウ準位に対するランダムネスの効果を格子模型を用いて具体的に調べている。これまで、グラフェンのリップルによって生じる最近接ホッピング積分に対する乱れのような、カイラル対称なランダムネスの場合、ランダムネスの空間相関が格子間隔よりも長くなると、n=0ランダウ準位は”デルタ関数型”の状態密度を示し、これに伴う量子ホール転移に異常性が表れることを示してきた。この異常性は、n=0ランダウ準位ににみ起こり、他のランダウ準位には起こらない。また、このような異常性は、ランダムポテンシャルのように、カイラル対称性を破るランダムネスに対しては起こらないことも確認している。実験から、グラフェンのリップルは格子間隔に比べて大きなスケールを持つことがわかっており、我々の結果は、リップルによるカイラル対称な乱れではn=0ランダウ準位に幅がつくことは無く、実験的に観測されているn=0準位の幅は、カイラル対称性を破る他の乱れによって生じていることを示唆している。こうしたn=0ランダウ準位における異常性がどの程度一般的に見られる現象なのかについて次近接ホッピングなどの効果を取り入れて検証も行っている。チャーン数の計算からホール伝導度を評価した結果、こうした異常性は次近接ホッピングがあっても存在すること、ディラックコーンが少しぐらい傾いても簡単には消失しないことなどが定量的に明らかとなった。さらに、このようなn=0ランダウ準位の異常性が有機導体などにみられる傾いたディラックコーンにおいてもみられるはずであることを数値的および解析的に示した。コーンが傾くと、これまで考えられていたカイラル対称性が破れてしまうが、傾いたコーンを含むようにカイラル対称性が一般化できること、この一般化されたカイラル対称性が保存していれば、ゼロモードランダウ準位に異常性が生じることを明らかにした。また、一般されたカイラル対称性が指数定理とも関連していることも示した。
平成24年度においては、こうした解析を二層グラフェンやエネルギー的にシフトしたディラックコーンに対しても調べ、二層グラフェンでもゼロエネルギーのランダウ準位がカイラル対称性を保つようなランダムネスに対しては単層と同様の異常性を示すこと、その一部は電場をかけてギャップを生成しても残ることなどを明らかにした。また、ランダムネスが短距離相関しか持たない場合でも、2つのディラックコーンのエネルギーをシフトさせて縮退を解くと、再び異常性を示し始めることも明らかにした。このようなディラックコーンの縮退を解くことは固体中では実現性が低いが、光学格子上の冷却原子系で実現可能であることが指摘されている。
3.非対称形状パーマロイにおけるスピン起電力
電子の電荷自由度とスピン自由度両方をデバイス中で利用することを目的とするスピントロニクス分野で、近年、磁性体中の非一様磁化のダイナミクスが起電力を誘起することが明らかになった。この現象はスピン起電力と呼ばれ、その観測に成功したとの報告が現在までにいくつかなされている。スピン起電力は電子のスピン自由度に起因する起電力であり、従来のエレクトロニクスにおいて扱われてきたファラデーの法則から導かれる起電力とは本質的にその起源を異にするものである。本研究ではまず、磁化が時間変動する磁性体内の伝導電子の感じる有効電場を一般的な形で求め、その表式から数値計算用のアルゴリズムを開発した。スピン起電力が現れる例として、くし型形状のような非対称形状パーマロイ薄膜を提案した。そこでは、細線部分と平板部分で形状異方性が異なるために、外部磁場に対する磁化の応答が異なる。このため、平板・細線どちらか片方の部分の磁化が定常的に歳差運動し、もう片方の部分の磁化はほぼ静止しているという状況が、平板もしくは細線に対応する共鳴磁場を印加することで容易に実現される。この時、細線部分と平板部分の境界領域での非一様な磁化ダイナミクスによってスピン起電力が生じ、電圧計によって観測できることを明らかにした。
さらに、本研究における数値解析を、東北大学にて行われた実験結果と比較することによって、実際にスピン起電力が観測されていることを示した。
4.スピンゼーベック効果に対する数値解析
強磁性体中に温度勾配を印加することで、スピン流が生成されることが報告されている。これはスピンゼーベック効果と呼ばれ、新しいスピン流駆動の方法として注目を集めている。通常のゼーベック効果では、有限の電圧を観測するために、2種類の異なるゼーベック係数を持つ物質を用意しなければならなかった。しかしながら強磁性体中では、スピンに依存したゼーベック係数が考えられるため、1種類の物質で効果が観測できる。通常のゼーベック効果と異なり、ここで観測できるのはスピンに対する化学ポテンシャルの差、すなわちスピン圧である。この現象は、伝導電子のスピンに関連する現象であるにもかかわらず、ミリメートルスケール、室温で観測が可能であるため、通常のスピン緩和を用いた理論では説明できず、新しい理論的解析が望まれている。
本研究では、このスピンゼーベック効果を解析するために、強磁性体中の磁化の運動に注目した。具体的には磁化の運動を表すLandau-Lifshitz-Gilbert (LLG)方程式を温度勾配を有する系において数値的に解き、そこからプラチナ電極に入射されるスピン流を議論した。これは観測に用いられる逆スピンホール効果が、強磁性体中のスピン流と密接に関係しているからである。逆スピンホール効果とは、スピン軌道相互作用を用いて、生成されたスピン流が電流に変換される効果である。また、LLG方程式に有限の温度効果を取り入れるため、ランダム磁場で表される揺動力を印加した。計算により、強磁性体中では、温度勾配方向にスピン波によるスピン流が発生していることが明らかになった。また、プラチナ電極中に入射されるスピン流はサンプルの両端で異なる符号を持ち、実験とよい一致を示した。
■ Keywords
マルチモード・パイエルス状態, 2次元スピン・パイエルス状態, 不規則系, グラフェン, カイラル対称性, スピントロニクス
■ 当該年度研究業績数一覧表
研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表
和文英文 和文英文 国内国際
















河原林 透   教授
   1 1          2
 3
 4
(1)
 
 
 
大江 純一郎   講師
    3          2
 6
 1
 5
 
 
 0 1  0 0  0  4
(0)
 5
(1)
 0
(0)
研究者名 刊行論文 著書 その他 学会発表 その他
発表














河原林 透   教授
  1       2
 4
(1)
 
大江 純一郎   講師
         2
 1
 
 0 1  0 0  0  4
(0)
 5
(1)
 0
(0)
(  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会 (  ):発表数中の特別講演、招請講演、宿題報告、会長講演、基調講演、受賞講演、教育講演(セミナー、レクチャーを含む)、シンポジウム、パネル(ラウンドテーブル)ディスカッション、ワークショップ、公開講座、講習会
■ 刊行論文
原著
1. Makoto Kohda, Shuji Nakamura, Yoshitaka Nishihara, Kensuke Kobayashi, Teruo Ono,
Jun-ichiro Ohe, Yasuhiro Tokura, Taiki Mineno, and Junsaku Nitta:  Spin-orbit induced electronic spin separation in semiconductor nanostructures.  Nature Communications  3 :1082 , 2012
2. K. Tanabe, D. Chiba, J. Ohe, S. Kasai, H. Kohno, S. E. Barnes, S. Maekawa, K. Kobayashi and T. Ono:  Spin-motive force due to a gyrating magnetic vortex.  Nature Communications  3 :845 , 2012
3. Y. Hatsugai, T. Morimoto, T. Kawarabayashi, Y. Hamamoto, H. Aoki:  Chiral symmetry and its manifestation in optical responses in graphene: interaction and multi-layers.  New Journal of Physics  15 :035023 , 2013
4. T. Kawarabayashi, Y. Hatsugai, H. Aoki:  Topologically protected Landau levels in bilayer graphene in finite electric fields.  Physical Review B  85 :165410 , 2012
5. Katsuhisa Taguchi, Jun-ichiro Ohe, and Gen Tatara:  Ultrafast magnetic vortex core switching driven by topological inverse Faraday effect.  Physical review letters  109 :127204 , 2012
■ 著書
1. 河原林透:    熱・統計力学講義  1-165.  サイエンス社,  東京, 2012
■ 学会発表
国内学会
1. ◎永田 真己,田辺 賢士,森山 貴広,千葉 大地,大江 純一郎,名化 誠,新関 智彦,柳原 英人,喜多 英治,小野 輝男: フェリ磁性体におけるスピン起電力の研究”.  日本物理学会,  広島、日本,  2013/03
2. ◎田辺 賢士,松本 遼,村上 修一,大江 純一郎,森山 貴広,千葉 大地,小野 輝男: マグノンホール効果の検出.  日本物理学会,  広島、日本,  2013/03
3. ◎進藤 龍一,松本 遼,大江 純一郎,村上 修一: 強磁性薄膜におけるトポロジカルなカイラルスピン波端状態の設計.  日本物理学会,  広島、日本,  2013/03
4. ◎大江 純一郎,進藤 龍一,松本 遼,村上 修一: 磁性薄膜超格子におけるカイラルスピン波端状態.  日本物理学会,  広島、日本,  2013/03
5. ◎広瀬大記, 河原林透, 小野嘉之: 二次元電子格子系のマルチモード・パイエルス転移に伴う比熱の温度変化Ⅱ.  日本物理学会第68回年次大会,  広島大学, 日本,  2013/03
6. ◎河原林透, 初貝安弘, 青木秀夫: ケクレ型ボンド秩序があるグラフェンのn=0ランダウ準位の乱れに対する安定性.  日本物理学会第68回年次大会,  広島大学, 日本,  2013/03
7. ◎濱本雄治, 河原林透, 青木秀夫, 初貝安弘: 磁場中グラフェンにおけるスピン非偏極のカイラル凝縮相.  日本物理学会第68回年次大会,  広島大学, 日本,  2013/03
8. ◎河原林透、初貝安弘、青木秀夫: 磁場中の2層グラフェンにおけるゼロモードのトポロジカルな安定性 --- trigonal warping の効果 ---.  日本物理学会2012年秋季大会,  横浜国立大学、日本,  2012/09
9. ◎濱本雄治、河原林透、青木秀夫、初貝安弘: 磁場中二層グラフェンの多体効果とエッジ状態.  日本物理学会2012年秋季大会,  横浜国立大学,日本,  2012/09
10. ◎大江 純一郎,進藤 龍一,松本 遼,村上 修一: トポロジカルスピン波端状態に対する数値解析.  日本物理学会,  横浜,  2012/09
11. 永田 真己,田辺 賢士,大江 純一郎,千葉 大地,小野 輝男: 反強磁性スピン波モードから誘起されるスピン起電力.  日本物理学会,  横浜,  2012/09
12. 田辺 賢士,千葉 大地,小野 輝男,松本 遼,村上 修一,大江 純一郎: マグノンホール効果の検出の試みII.  日本物理学会,  横浜,  2012/09
13. ◎進藤 龍一,松本 遼,大江 純一郎,村上 修一: 双極子相互作用のある強磁性結晶におけるトポロジカルスピン波端状態の理論.  日本物理学会,  横浜,  2012/07
国際学会
1. ◎T. Kawarabayashi: Chiral Symmetry and robust zero-mode Landau levels of disordered graphene and related materials.  the 3rd Japan-Israel binational workshop on quantum phenomena,  OIST, Japan,  2013/03
2. Ryuichi Shindou, Ryo Matsumoto, ◎Shuichi Murakami, Jun-ichiro Ohe: Topological Chiral Magnonic Edge Modes in Magnonic Crystals.  The Materials Research Sosiety Fall Meetings,  Boston, USA,  2012/11
3. ◎T. Kawarabayashi, T. Honda, H. Aoki, Y. Hatsugai: Chiral Symmetry and Fermion Doubling in the Zero-mode Landau Levels of Massless Dirac Fermions with Disorder.  the 31st International conference on the Physics of Semiconductors,  Zurich, Switzerland,  2012/08
4. ◎T. Kawarabayashi, Y. Hatsugai, H. Aoki: Stability of zero-mode Landau levels in bilayer graphene against disorder --- role of the chiral symmetry.  the 20th International conference High Magnetic Field in Semiconductor Physics,  Chamonix Mont-Blanc, France,  2012/07
5. ◎Hiroto Adachi, Junichiro Ohe, Saburo Takahashi, and Sadamichi Maekawa: Phonon-drag spin Seebeck effect.  International Conference on Magnetism (ICM2012),  Busan, Korea,  2012/07
6. ◎Junichiro Ohe: Spinmotive force driven by magnetization dynamics.  International Conference on Magnetism (ICM2012),  Busan, Korea,  2012/07
7. ◎Katsuhisa Taguchi, Junichiro Ohe, and Gen Tatara: Vortex core switching driven by the novel inverse Faraday effect.  International Conference on Magnetism (ICM2012),  Busan, Korea,  2012/07
8. Makoto Kohda, Shuji Nakamura, Yoshitaka Nishihara, Kensuke Kobayashi, Teruo Ono,
Jun-ichiro Ohe, Yasuhiro Tokura, and Junsaku Nitta: Electronic Stern-Gerlach experiment by Rashba spin orbit interaction.  International Conference on the physics of semiconductors (ICPS2012),  Zurich, Switzerland,  2012/07
9. ◎T. Kawarabayashi, Y. Hatsugai, H. Aoki: Chiral Symmetry and Robustness of Zero-mode Landau levels in Bilayer Graphene.  Graphene Week 2012,  Delft, Netherlands,  2012/06
10. ◎K. Tanabe, D. Chiba, J. Ohe, S. Kasai, H. Kohno, S. E. Barnes, S. Maekawa, T. Ono: Spinmotive force due to a gyrating magnetic vortex.  Intermag 2012,  Vancouver, Canada,  2012/05
  :Corresponding Author
  :本学研究者